第34話
アメリカで出会った勝平版画
ショーが終わってからも、あっちからも、こっちからもご招待をうけたり
「講習をやってくれ」
といわれました。わたしは体の許す限り、招かれるままに、いろいろなところを回ってきました。
大学にも講習にいきました。向こうの学生は理論的に聞いてくるのです。「角かくしは何のためにするのですか」とか「日本ではなぜ、美容師が服装にまでかかわるのですか」とか、いろいろ質問してくるので、とてもうれしく思いました。
それに個人尊重の国で、技術者をとても尊重している国だとおもいました。わたしのような一美容師にたいしても「技術者」として、あるいは「芸術家」として接してくれるのです。
ダラスでもボストンでも、ヒューストンでも、それはそれは心からの歓迎をうけました。
エンジニアのご家庭、音楽家のグループ。教育者、石油王の家庭などなど・・たくさんご招待をいただきました。・あちらでは、家庭にご招待するのは、最大のもてなしなんですね・・・。わたしのために部屋の飾り付け、置物まで、招待される東洋調で飾って、一家総出で歓待してくれるのです。
石油王のご家庭では、秋田の 勝平得之さんの版画や北斎、写楽の木版画、前衛書道もかけていてくださいました。わたしが
「版画の作者勝平さんは、わたしと同じ秋田市の方です。よく存じ上げております」
と申し上げましたらとても驚かれ、陶器、石仏、人形の髪型、帯型・・などまで話がはずみました。驚いたのは、お茶、生け花、踊り、さては民謡、民芸まで、本をもとめて勉強していることでした。対するわたしたちはどうでしょうか。内心忸怩たる思いを強くし
「もっともっと勉強しなければならない」
と思ったしだいでございます。
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