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昔の婚礼は、今と違って家と家との格式で婚約し、婚礼の儀式を行ったもので、それはそれは、豪華なものでございました。 中央の美容誌「百日草」の要望で「みちのくの花嫁」を、県文化課の許可を得て、旧奈良邸を使わせていただき、演出したことがございます。 日が暮れて夕やみの迫るころ、花嫁の行列は田圃の道を、提灯をもった人を先頭に、「長持ち唄」の中、「祝い樽」「仲人」「花嫁」「付き添い」「両親」「嫁送りの親戚」にまもられながら「タンス」「長持ち」「荷物(荷馬)」とつづいて、婚家に入って行くのでございます。 村の人たちは道で見送り、花嫁さんが見えますと 婚家の門前は、水で清められ、まん幕を張り、定紋の高張り提灯を掲げて、家長、親戚一同が迎えるのですが、花嫁さんの「簪(カンザシ)」は金、銀細工の大カンザシで、鼈甲(ベッコウ)細工の細やかな瓔珞(ようらく)がゆらぎ、それは、それは艶やかなものでございます。 花嫁さんが家に入りますと「落ちつきの餅」といって、台所の広い土間で、杵の音をたてて「餅つき」を始めるのです。 やがて花嫁は「髪かざり」を取り替え、「白の打ち掛け」「綿帽子」姿で、蔵座敷か奥座敷で、謡いの中、男蝶、女蝶の蒔絵の八寸に、三つ重ねの盃で、三三九度の儀式をおこない、契りの盃を取り交わすのでございます。 燭台は赤蝋、文字通りの華燭の儀式にふさわしく、各家の「結びの式」も幽玄でございます。 祝宴は「白の打ち掛け」から「黒振」「色振」と、何回かお色直しをし、本膳が下がったあと、花嫁の「お茶」と称して、蒔絵の重ね重にお土産のお菓子と、花嫁のお茶(煎茶)を若い娘さんが運び祝宴を終わるのですが、この祝宴は三日ぐらい続くのが普通でございます。 しかし、時代とともに婚礼も、自宅から料亭「あきたくらぶ」の大広間でなさるようになりました。
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