第10話

またまたスッテンテン

皆さんのなかに、東京の「ドーン」を知っている人いるかしら。
お昼になると「ドーン」と鳴って、12時を知らせる合図ですが、その「ドーン」と鳴る少し前、それこそ突然に「ドーン」と巨大な地震が起こったの・・・。
大正12年9月1日の関東大震災です。

その時、私は日本橋の会社にいましたが、家には年寄りと母がおりましたので、心配でなりません。
そこにいた人力車に飛び乗って、九段下の家に戻ったのです。
家は大丈夫でしたが、すぐ近くの職業学校の寄宿舎から火が出て、とりあえず「俎(まないた)橋」まで避難しました。

見ると、あっちからも、こっちからも火の手が上がり、黄色、紫、いろいろな色の火の粉が舞って東京中が火の海となりました。

もちろん、わたしたちも焼け出されました。
家財道具など持ち出す暇もなく、身一つで逃げたものですから、残ったのは自分たちの体と、乗ってきた人力車だけでした。
またまた、スッテンテンになってしまいました。

でも、どういうものか、悲壮感はありませんでした。
スッテンテンになったけれど怪我はなし。
東京は焼け野が原。
高層の三越デパートと山口銀行のビルが見えるていどで、あたりは、きれいさっぱり、何もかもなくなっていました。
面白いものです。
こんなに総てが、きれいさっぱり無くなりますと、
「これは、わたしの新しい出発(スタート)。これから踏み出すにはちょうどいい」

心底、何かこう、妙にさわやかになっていく自分を感じていたことを思い出します。
人間、何もかも失ってしまいますと、何物にも執着しない、スカッとした気分になるものですから、不思議なものでございます。

これが若さというものかも知れません。
人力車のおじさんが、
「ほかの車はみんな焼けてしまったけれど、あんたを乗せたお陰で、助かりました。良かったですよ」
と手をとってお礼を言われたことが思い出されるのです。

 

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