第44話

自然のまま時代を生きて

「目はかすみ耳は蝉なり歯は落ちて頭に霜を頂けるかな」
これは10年くらい前、今は亡き友達からいただいた短歌です。わたしも九十九歳になりました。両目は人工水晶体で、耳は補聴器、歯は総入れ歯と、現代医療の助けをかりて人生を生きています。
毎年「敬老の日」には、地区からご招待を受けるのですが、ちょうどこのころは「婚礼シーズン」になっていて、美容師にとっては「勤労の日」なのです。それに、老人という意識も余りありませんでしたので、出席しませんでしたが、九十八歳の昨年から出席しています。
九十歳の年でしたが、老人大学で、自分史を書く講習会があるというので行ってみました。100人くらいの人が来ていましたが、名簿を見ますと、みな七十歳とか八十歳くらいで、九十歳というのは、わたし一人なのです。会が終わって修了証をいただくとき
「あなたが右総代でもらってくれ」
と言われ、テレビにも出され、またまた「年」がみんなに分ってしまいました。どこの会にいっても、いつもわたしが最年長なのです。自然に年を取っているだけなのにねぇー。
人は七十歳を「古来稀なり」として「古稀」といいました。今は「人生八十年」時代です。人生をどう美しく生きるか・・・ということは「死に方」の哲学でもあるそうでございます。道元の書の中に
「花は愛惜に散る」
という言葉がございます。人間、惜しまれて生涯を終えることの幸せを述べているのだそうです。これは「生」を一生懸命に生きることで、年を取ったからといって、引っ込んでばかりいては、もったいないということではないでしょうか。
わたしはことし九十九歳の「白寿」となりました。来年は100歳ですが、もう少し生きますと「1800年」「1900年」「2000年」と三世紀にわたって生きることになり、「明治」「大正」「昭和」「平成」と四つの時代を生きることになるのです。本当に、自然に、ただ年月が一人で勝手に年を取らせているような感じですが、それもこれも、この仕事、「美容」というものをもつことができ、皆様に支えられているからでございまして、その「幸せ」をしみじみ感じるのでございます。
これからは、自分に合った仕事をしながら、生き抜き、散る前の木の葉のように、周囲の人々に喜びと、美しさを贈り、音もなく、自然に帰る姿、そんな人生の終わりを迎えられたらいいナ・・・と思っています。
最後に、福沢諭吉先生の


「継続は力なり」というお言葉。
「世の中で一番楽しく立派なことは、一生を貫く仕事をもつことである。世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情をもつことである」


という言葉を皆さまに捧げたいと存じます。
ありがとうございました。

合掌


1998年4月13日
中村芳子

 

2005年夏・先生はたくさんのお弟子さんたちに囲まれ、天寿を全うされました。(享年107歳)
秋田県のみならず、日本の美容業の基礎を築かれた先生のご功績に、心から感謝を申し上げます。
先生の自分史をご紹介させていただくにあたり、生前、ご本人から直接お許しを得ていた事をご報告いたします。
山本久博

前のページへ

目次ページへ戻る